全日本写真連盟

すばらしき飯舘村の日々/「DAYS JAPAN」に管野さんの特集

「までい」という言葉をご存じですか。東北の田舎では今も、「子供はまでいに育てろ」「食い物はまでいに食え」「仕事はまでいにしろ」と、年長者がわが子らを諭します。
標準語に置き換えると、「大切に」「手間ひまを惜しまず」「丁寧に、心を込めて」「時間をかけてじっくりと」「律義につつましく」というような表現になります。機能的な標準語とは違った、人を包み込む優しさが、たった一言の「までい」にはあります。この「までい」を村づくりの柱に据えてきたのが福島県の舘館村です。村の総合計画の基本理念である「スローライフ」は「までいライフ」と呼ばれ、子育て、環境、福祉、食、産業などの施策に生かされてきました。
子供たちが小川に入って魚採りをする。小遣いで山羊を飼っているおばあちゃんがいる。炭焼きをしている老夫婦の姿もある。4世代10人で暮らす大家族がいる。そこには、失われた日本の原風景がありました。
いま、住民が「までい」につくりあげてきた村は、原発事故によって人も動物も住めない場所になってしまいました。
 
「3.11」の東日本大震災に見舞われる前の飯舘村の日常をカメラに収めた福島県の管野千代子さん(全日写連会員)の作品が、フォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』」の7月号に掲載されています。管野さんにお話を伺いました。


川遊びをする子供たち。2010年8月


 四季を通じて安らぎを与えてくれる自然と「までい」な暮らしを原発事故は奪った。泣くにも泣けない村民の思いを写真の力で訴えたい

――飯館村を撮るようになったきっかけは?
 「村は標高400メートル余りの高原地帯にあります。厳しい自然が四季折々の美しい変化をもたらし、懐かしい農村の生活様式が大事に受け継がれています。アマチュアのカメラマンにはいくらでもシャッターチャンスがあります。そして、何より惹かれるのは、村の人たちの「までい」な気持ちです。余所から来たひとたちを、温かく受け入れてくれます。魅力的で珍しい田舎の生活にカメラを向けると、他では怒鳴られたり、撮影を拒否されたりすることがありますが、飯舘村でそんなことは一度も経験したことがありません。こんなに笑顔に出会える場所も他にはないですね」
「20年ほど前に写真を始めて、いろんなものを撮ってきましたが、自分の年齢(67歳)もあるんで、あんまりあっち撮ったりこっち撮ったりでなく、近いところで何か一つテーマを決めてじっくりと、という気持ちが芽生えたときに、ちょうど飯舘村に出会いました」


山羊と散歩。2010年9月



――ご自身も被災したそうですね。
 「福島第一原発に近い沿岸部の浪江町に住んでいました。避難指示が出ており、今は福島市内にアパートを借りて住んでいます。あれから2年余り経過して、自宅は荒れ放題です。半年ほど前に町から放射線量計を渡されて様子を見に一時帰宅したところ、車の中でも自宅へ行っても、危険を知らせる警告音がピーピー鳴って、とても暮らせる状況ではありません。アパートが狭いので、自宅から荷物をもってきても、置くところもないので、自宅は放っておくしかありません」



 ――写真に写っている村の人たちは、どうしていますか。
 「飯館村に行っても、線量計はピーピー鳴ります。村民のほとんどが村を離れて、仮設住宅などで暮らしています。山羊を飼っていたおばあさんは、泣く泣く手放し、いま埼玉にいます。特産の干し大根を作っていて、「大根シスターズ」というタイトルを付けた写真の5人のおばあちゃんたちもバラバラで、みんな一緒に顔を合わす機会はもうないかもしれない。小川で魚採りをする子供たちを大人たちが笑顔で見守っている。人間の幸せと地域の豊かさを象徴する、こんな光景をもう見ることはできないのです。ほんとに、悔しくて、悔しくて」

大根シスターズ。2011年1月

 「飯館村に限らず、被災者の置かれた状況は3.11のままです。いや、もっとひどいかもしれません。先が見えないですからね。5年待てばいいのか、10年待てばいいのか。いつ故郷に戻れるのか分からない辛さ、悔しさ、悲しさ、やりきれなさは、言葉では言い表せない。ストレスはもう限界にきています。国は「転出」や「移動」という言葉を使っていますが、『棄民』政策もいいところです」
 

――全国で写真展を行っているようですね。
 「私自身はネットワークもないし、企画をどこかに持ち込むということも苦手なんですが、ボランティアでやってくれる方がいらして、北海道や神奈川、兵庫などでも企画しました。村民ひとり一人の自覚のもとに、全国に誇れる素晴らしい村をつくってきた。それがそっくり原発事故によって奪われてしまった。こんなことが現実に起きていて、忘れ去られようとしています。原発事故の死者が出ていない、という有力政治家の発言もありました。故郷を追われ絶望から自殺した人や、病院や高齢者施設などから逃げる途中に亡くなった人がたくさんいるのに、何にもわかっていない。私も自分の住まいを奪われており、飯館村の悔しさはよくわかります。泣くにも泣けない村民の気持ちを、写真の力で訴えていきたいと思います」

炭焼き小屋の前でひとやすみ。2010年11月

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